夫婦問題カウンセラー  - 夫婦問題はあってあたりまえです!
夫婦問題はあってあたりまえ

【戸籍上は父だった】

サッカーワールドカップ開幕ですね。
きっとまたいろんなドラマがあるのかな?
スポーツはできなかったとしても
そんな感動をもらえるところがいいですね~。
 
父親が浮気をして離婚した
ふたりのお母さんの話です。
 
7歳の子どもを持つお母さん。
離婚したことをどんなふうに子どもに伝えようかな、と
思案していました。
 
あるとき「結婚って」みたいな話になり、
「お母さんは結婚しているじゃん」と子どもに言われ、
何気なく「やめたんだ」と言ったところ
「浮気でしょ」と子どもさん。
 
図星。
 
子どもって親以上に
わかっていたりするからすごいし、
情報持っているからすごい。
核心を突いてくるのでびっくり。
 
「そう、だから考えが違っちゃったんだね、
お母さんとお父さんは」
と話したそうです。
 
その後、お子さんはそこにこだわることもなく、
「ふーん」みたいな感じだったそうです。
 
まあ別居期間もけっこうあるし、
もともといないことが多い父親なので
父親と子どもの愛着が育っているというむしろ薄い
ほとんど影響がない
というのもあるのかなと思います。
 
戸籍上は父だった、みたいな。
 
別のお母さん。
 
18歳になる子どもさんに父親が面会交流を求めています。
お母さんは拒否などすることもなく、
会ってくれるのはまったく構わない、
というスタンスなのですが、
子ども自身が会いたくない。
 
会いたいと言うなら会ってもいいけど、
何をしたいんだ、という子どもさん。
 
そりゃあそうだ。
18歳にもなれば浮気して家族を壊した親に会って
何を話してどう過ごす。
そんな親には会いたくないような年齢でしょうに。
 
どうやらそこがわからない。父親。
 
ずっといっしょに暮らしていたけれど、
けっこう口うるさく子どもにいろんなことを言い続けて
きた人で、子どもはうんざりしていた様子です。
だからそんな父親から解放されて今はのびのび。
むしろいつもダメ出しされていた学業成績もアップ。
 
いっしょに暮らしていても
愛着が育っていなかった。
エラソーなだけだとね。
そのあげく自分が浮気しちゃって
お母さんは離婚の決断ですから。
 
子どもにしたら「今さらなに? 」って
思っているんじゃないかな。
何を言われても今は心に響かないでしょう。
 
会いたい会いたい言ってますが、
どんな顔して会いたいのだろう、その父。
と思うんですよ。
子どもの嫌悪感、ちょっとはわかってくれないかなって。
 

【我慢って美徳? 】

 
我慢が美徳という価値観が
かつてはあった気がしますが、
今の時代、我慢は美徳なのだろうか? ほんとに
と思います。
 
そのおかげで我慢しなくてもいいことまで我慢する
ことになってはいないでしょうか。
 
日本人ほどがん治療で我慢している国はない
と聞いたことがあります。
我慢強いからでしょうか。
 
必要以上の我慢って、
する必要があるのだろうか?
だれであっても。
 
しなくていい我慢までして
次どうする?って。
次に待っているのは何? って。
 
次が大事な気がするし、
今我慢するのは何のためか?
はたまた、そこを打破する方法はないのか?
あるならしてみた方がいいのでは? と思います。
 
我慢できないことは
「我慢できない」って言っていいんだと思いますよ。
 
言えないとしたら、何がそうさせているのか。
どこかに答えがあるはずで、
その答えを打破する方法を考えてみましょうよ。
 
絶対なんてないので、
どこかで打破できるはず。
 
必要以上の我慢はしたとしても
何も解決には結びつかないことは
もしかしたら我慢している人が
一番わかっていることなのかも、
と思ったりします。
 
我慢は美徳なのか?
人としてほんとに立派なことなのか。
我慢するより、
できることをしていくことの方が
大事なんじゃないだろうか、と思います。
問題解決能力という意味では。

【寛容さ】

完璧主義で潔癖な人というのは、
相手にも同じことを求めてしまいがちです。
 
こうでなければならない。
ねばならない。
になりがちで、相手にも同じハードルを
求めたがります。
 
結婚生活は行き詰りがちです。
 
求められた方は機嫌を損ねないように、
ということばかりが気になり、
言いたいことも言えず、
これでもか、というほど努力します。
だから結局
結婚生活が行き詰ります。
 
完璧なものを求めたとしても
ないものを求めているようなもので、
何をもって完璧というのか、は
個人個人で違うはずです。
 
その完璧の基準は。
 
もともと完璧な人なんているのだろうか、
という疑問もあります。
 
寛容さがないのは
結局息苦しい。
生きていくのも苦しいです。
だれがって自分が。
 
こうでなければ。
こうしなければ。
これが正しい。
これが正解。
ほんとにそうなのだろうか?
 
同じハードル。
同じ基準を求めてしまうとそんなことに。
ときには疑ってみることも必要かも。
 
愛情というのは寛容なものではないでしょうか。
寛容でないと愛情もなくなるものではないでしょうか。
 
ただ、寛容さとなんでも許すというのは別もの。
寛容さというのは心の広さみたいなもの。
何でも相手を受け入れる
ということとは別なことです。
 

【落ち着くと見える】

夫婦問題や離婚問題に直面すると
なかなか冷静にはなれないと思います。
 
ですが、どこかのタイミングで
クールダウンしてみてください。
できるように少し努力してみてください。
 
ずっと興奮状態が続いているような感じで、
ほんとにわけがわからなくなってしまうものなので、
そのーんなときはあまり先へと進めないし、
進まないしなので、
まずは落ち着こう、という感じ。
 
落ち着くと自分がどうすればよいか、
何をすればよいかがわかってくるのでね。
 
とにかく修復、とか、
とにかく離婚、とかありきだと
うまくはいかないのではないかなと思います。
 
それは自分の思いなのであって、
人間関係とは別物だからでてす。
相手がいるのでね。
 
自分ひとりのことではないからです。
自分だけのことだったら自分の決心とか
自分の意思でどうにかなります。
が、人間関係というのはそうもいくことばかりではないです。
 
だからこそ、冷静になって現状を把握する。
事実を見ていくということが一方で
とても大切になってきます。
そこを無視しては何も進まないからです。
 
パニックなんですけれどね。
夫婦文句代って。
だけどそのパニックのさ中で何かの答えは
見つけられるのだろうか、と思うことは多いです。
だからこそ、まずは落ち着いてみてほしい。
落ち着いたら、きっと見えてきます。

【直感を信じる】

めちゃくちゃ体が重いです。
前日に30度、翌日には20度近くに下がっている。
気温のせいか? 低気のせいか?
とにかく重く感じます。
明日も台風の影響らしいし・・・心身共に憂鬱。
 
人の直感って意外と大したものです。
「あれ? 」と思うこと。
後になって「やっぱり」になった経験はないですか。
 
その人の生きてきた経験値の中で
たぶん培われて、
その人なりのセンサーが働くのだと思います。
 
どこかでおかいしな? と感じている。
 
浮気しているんじゃないの?
というときもそんなセンサーが働くし、
結婚するときも、この人で大丈夫だろうか?
というようなセンサー。
 
そういう自分の直感が出している
シグナルみたいなものは
信じて大丈夫なんだと思います。
 
社会的にステイタスがある人で高収入で、
問題なさそうに外側は見えたとしても
パッと感じる何か直感的な違和感は
自分の本能的な部分が危険を
知らせているのだと思います。
 
おかしなことを言うな、とか。
変なことをするな、とか。
なんでそんなことにこだわるのか、とか。
 
そこを無視しちゃうと後になっていろいろと問題で。
だけど、なかなかそのように冷静に判断する
っていうのも難しくて。
 
やっぱり事が起きてから後付けで
やっぱりね・・・ということが多いんですが、
あまり目の前のことにとらわれていたり、
自分の思い込みのフィルターで人を見ていると
間違えちゃいますね。
 
それと善意ばかりの人であってほしいですが、
世の中そういうわけでもないので、
そのことを受け入れていく。
なかには平気で嘘がつける人もいるし、
騙すつもりで騙している人もいる。
 
思い込みや思いと本能的な直感は
ちょっと違うかもね。
 
冷静になれば、
あれもこれもと辻褄か合うのですが。
それ以前としては直感。
 
人に対しては直感を信じていいと思います。
いやむしろ大事にするべきかも。
考える以前として。
自分の直感。
 
おかしいとか変とか
違和感があるとか、
そういうことをもっと大事にしても
いいんじゃないかな。