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夫婦問題はあってあたりまえ

離婚問題

【覚醒】

離婚を決めた相談者と話していたのですが、
離婚を決めた人というのはブレないものだな・・・と。
 
今までのその人だったら
いろんなことにひとつひとつ反応を
示していたと思うのですが、
まったくと言っていいくらいブレません。
 
腹が決まって、
未来を見た人はそうなのかな・・・と。
 
そうなんだろう、たぶん。
 
自分というものがしっかりとあって、
どんな風が吹いても揺れません。
そうでないときっと離婚という決断は
できないからでしょうね。
 
それまでは相手の行動や言動に
ブレまくり、どころか
大丈夫? っていう状態なのですが、
離婚を決めた日を境に
どこから出たのか、という強い自分を
いい意味で取り戻します。
 
そして、不思議といきいきとして。
目標が定まったっていうことなのでしょう。
やりたかったことを始めて、
どんどん新しいことに挑戦し始めます。
 
チャレンジャーです。
 
目標が定まった人は
どんなに困難があっても
前へ進むという力があるものですね。
困難を越えても進んでいきたいし、
進む力も蓄えられているのかもしれません。
 
ああ、ほんとに人って
ちゃんと覚醒するんだな、と思います。
だって自分の人生だから。
 
自分を取り戻すって
とても素敵なことではないですか。
ときに痛みが伴ったとしても。
 
そんなことを繰り返して
自分というのがどんなものか
何者か
わかるのかもしれないですね。
 
痛みはきっと何かを教えてくれるし、
次へってことなんじゃないでしょうか。
留まるよりも次へってことなのかもしれないです。
 

【夫婦の絆? 】

今まで家族の絆とか、
夫婦の絆なんて
考えたことあるの~? っていう人が、
離婚問題になったりすると
突如、そんなことを言い出します。
 
いや、今さら「絆」って何?
と言われた方は思います。
 
それまでずっとそう思ってきたけれど、
とうとう絆が見えないから離婚、なんじゃない。
もう一方にしてみたら。
 
その違和感。
 
何言ってんの? 今さらって。
 
離婚問題という土壇場では
どんなことも言うんだ・・・という場面に
出合います。
 
およそ家族のことなど考えず、
好き勝手な行動してきた人が
「家族の絆」なんて・・・・
どうしたの?って。
 
離婚が迫って、はたと思うのでしょうか。
 
だけど、もう遅いんですよね。
 
もうちょっと前だったらねぇ。
 
やったことはやったことだから、
仕方ないではないですか。
やるだけやって今さら言ったって、
相手にだって考えも思いも
それまでの苦しみもあるわけで、
それはどうにも取り返しはつきませんから。
 
そりゃあ、あまりにも都合がよくないですか。
 
やった責任はとってね、ということです。
 
だいたい夫婦は他人なので「絆」は
積み上げていくしかなくて、
積み上げていないから「今」に至る。
 
それを今さら「絆」なんて言われても・・・。
 
他人との関係は解消ができるものです。
 

【夫婦存続に不可欠なもの】

結婚に何が大事って、
やっぱりそこはシンプルに愛情かなぁ、と。
 
愛情ってずっとあるわけではないし、
尽きることもあるし、
持続するのはとても大変なことです。
途中で途切れそうにもなる。
 
だけど長く続く夫婦って、
最終的に愛情があるかないかが分かれ道。
 
経済的なこととか、子どものこととか
いろいろと取り巻くことはたくさんあります。
愛情だけで計れない部分というのはあります。
 
だとしても、最終的なところで
愛情がないと無理~。
 
そういう意味で離婚を決意した人は
強いです。
ぶれないし、過去は見ないし、
未来だけ見ている。
 
もちろん暴走するわけではなく、
涙が出つつも、ということです。
 
一方で情もなくなるので、
何も感じなくなります。
相手に対して。
何を言われようが
何をされようが
響くことがなくなります。
 
愛情がなくなるってそういうこと。
 
躊躇もなくなる。
 
感情もなくなるんです。
 
夫婦の根底はこれではないかと思います。
 
根底に愛情があっての話し。
存続するか否かは。
 
その他のさまざまなことは付随しています。
子どもが小さいとか、
経済力がないとか、
だけど、一番下のところに愛情がないと
夫婦なんてやっていかれません。
 
ギブアンドテイクと割り切って、
愛情を度外視して、
自分の納得の得られるものがあれば、
また別かもしれません。
 
だけど、それはほんとに少数。
多くの場合、愛情と絡みあっているものです。
 
だから愛情がなくなった時点で、
夫婦を続けていくのはいずれ時間で
難しくなるものだと思います。
 

【逃避してもね】

離婚してくれ、と言われ
突然離婚問題が起きるってこと。
ときにあります。
 
とくに身に覚えがないというか、
離婚するほどのことしたっけ? と
わが身をふり返る・・・が思い当たる節もなく。
だけど、離婚問題というのは
時として、一方的に起きます。
 
つまり相手の事情で起きるということですが。
 
それとか、夫婦がうまくいかなくなって
離婚したいと言われても同じです。
 
そんなとき、
どうしても離婚について考えなければならなくなります。
 
選択が迫られます。
嫌でも。
 
子どもがいる場合、親としての選択と
妻や夫としての選択というのは
違うんだと思います。
当然かもしれないですけれど。
 
自分の「気持ち」とか、描く「形」とかではなく、
現実に沿って考えてみるのがいいかと思います。
 
立場で考えてみるといいかもと思います。
 
気持ちとか形とかって、
そのとおりになるわけではないので、
自分の中にあるだけで、
現実とは別物です。
 
どこかで現実に起きている事実を
見ていく必要があるんじゃないかな、
と思います。
そうしないと、
いつまでも現実とは違うところで
頭を悩ませることになるので。
 
気持ちはあります。
ほんとに離婚したくないのに離婚と言われたり、
したくないに決まっています。
 
現実から逃避しちゃうとねぇ。
悩みが続くのはもちろん。
病んでいってしまいます。
 
私はちゃんと現実を見て、
自分で一度は受け止めて
そこから考えていくのがいいんじゃないかと思っています。
 
だって逃げたって
いつか必ず、その問題は姿を現すわけで
先延ばしに過ぎないから。
 

【目を反らす】

今週は雨続き・・・みたいですねぇ。
春は雨がよく降ります。
春雨じゃ!?
恵みの雨じゃ!?
 
離婚問題や夫婦問題が起きて、
私の経験上ですが、
目を反らす人は、
結果として、ですが、
後になって最悪のカードを引くように感じます。
 
目を反らしたくなるのはわかりますが、
選択が迫られるということはあります。
ときどき人生のいろんなところで。
何しろ人生は選択の連続。
 
朝起きたらコーヒーのお湯をわかすか?
顔を洗うか?
そんなところにも選択があります。
 
なにかにつけて理由を見つけて
なんとなーく、選択を後送りにしていると
まあ後々、とんでも! な感じ。
 
「今」現実を見て、
問題を見て、
考えなければいけないかもしれないのに
とりあえずなんやかや、
見ないで済む方法を選ぶ。
 
そのときは、それでいいかもしれません。
とりあえずってやつです。
だけど、それで問題が解決されるはずがなく、
後に問題はもっと取り返しがつかない形となって姿を
現すものではないでしょうか。
 
なくなるわけがありません。
 
なくなったらいいな、というのはわかります。
 
でも一度起きた問題が自然消滅なんてありません。
 
目を反らせないで
しっかりと問題と向き合ってみてください。
なぜならそれしか、解決の糸口はないから。
 
見ないふりはしないで。
そんなのひとときのこと。
何の解決にもなりません。
フェイクです。
 
それをしたところでもっと最悪。
ほとんどのケースが。
 
しっかりと見て、そこから考えていきましょう。
それしか、突破口はありません。
 
事実を受け止めることが第一歩。
そうしたらね。
必ず見えてくるんですよ。
次が。
そういうものです。