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夫婦問題はあってあたりまえ

子どもの問題

【私が我慢すれば地獄】

暖冬というわりには寒いです。
風邪も流行っているようですので、
気をつけないと、ですね。
 
さて、けっこう自分で自分を縛ってしまっていて
息苦しいことはないでしょうか。
生き苦しいかもしれないし。
 
こうであるべき、とか、
こうしなければ、と
自分で自分に呪縛をかけてしまい、
檻の中に自分を閉じ込めている。
 
とくに母親とか父親といった役割があると
なおさらな感じです。
 
「私が我慢すれば・・・」と思って
我慢に我慢を続けている。
檻のカギは開いているのに気が付かない。
 
私が我慢すれば地獄です。
 
けっこう自分がそう思っているだけで
周りはそれほどでもなかったりします。
 
よく子供さんに聞いてみてもらうのですが、
子供は全然望んでいなかったりします。
親の我慢を。
 
だけど自分の頭の中にある親像みたいなものが、
自分を縛りつけます。
 
夫婦がかなり崩壊しているときなども
両親はいた方がいいという
家庭像に縛り付けられ、
むしろ冷え冷えとした空気の中で
子供はうんざりしていたり、
負の遺産を与えていたりするのですが、
「像」とか実態のないあるべき姿にとらわれて
形を保持しようとします。
 
ひどい父親でもいた方がいい、とかね。
ひどい父親はいない方がいいし、
母親も同じです。
いればいいって問題ではなく、
いることによる弊害もあるのです。
 
つらい夫婦関係を保とうとする
私が我慢すれば地獄。
脱してみるとけっこう爽快なものです。
な~んだっていうくらい。
 
カギは開いているのですよ。
いつでも。
入っているのは自分です。
我慢強いので日本人って。
美徳の面もありますが、我慢しすぎて
必要以上に堪えていることもあります。
あんまり我慢していると
自分が崩壊しちゃいますから。
ほどほどに、と思います。
 

【別居している親との交流】

別居や離婚で離れて暮らす親と
子どもが会うことを面会交流といいます。
 
夫婦のことは別なので子どもと別居親は
会った方がいいと、
極力会う機会を設ける親もいます。
 
反対に会わせたくないという親もいますし、
会いたくないという親もいます。
 
特別な事情がない限りは、
会える方が子どもにとっていいと思っています。
基本。
 
夫婦の問題はいろいろあって
うまくはいかないこともありますが、
子どもの親という意味では
別の問題。
そんなふうに考えられると
子どもへのさまざまなダメージを回避できるように思います。
 
たとえ自分の人間関係がうまくいかなかったとしても
子どもは別人格・・・ではないか、と。
 
もちろんDVであるとか、
何かの依存症であるとか、
なかには夫がロリコン趣味なんていうケースも。
そんなときはただ会えばいいなんてものではないし、
ひとつひとつのケースで熟慮と検討が必要だと思います。
 
子どもは突然片方の親がいなくなると
年齢によっていろいろなことを子どもなりに
考えています。
 
それで、必要以上に自分を責めてしまうこともあります。
 
また、本当は会いたくないのに
「親に会いたくない」と言う自分が
子どもとしていいのだろうか、と
躊躇することもあります。
 
すごく子どもってまともです。
 
まともって感覚的に何か大人より
知っている感じ。
そんな気がしてなりません。
たとえばこの人が自分に本当に愛情があかどうか、とか。
小さな赤ちゃんでもわかっている気がしています。
 
だからいても悪影響しか与えない親がいなくなったときは、
むしろ子どもはいきいきしてきます。
 
ほんとに子どもってひとつの指針というか、
意外と親が思う「子供のために」とは
別ものです。
そこは冷静に、と思います。
 
親が思う子どものために、と
子ども本人が思う生きやすさは
ときに違うんだろうと思います。
ちょっとそこはすれ違う・・・ものなのでしょう。
 
でも、その思いは大人になっていくと
わかってくれると思います。
 
面会交流はいろんなケースがあって、
本当に難しいなと思います。

【子どものために何ができるか】

子どものために何ができるか?
誰しも子どもがいれば考えます。
夫婦問題が起きていればなおさら。
 
究極何ができるか?
 
私は人生は悪くないという姿を
実際に見せることだと思います。
 
お金ではないし、
教育でもないし、
体験でもないし、
何ができるか。
本質的に。
 
親が苦し見続ける姿を見せる。
見せてしまう。
図らずも。
 
そんな姿を見ると
子どもは大人になるのが嫌になってしまうかもしれないし、
だれかを憎く思ってしまうかもしれません。
 
苦しいことはあるし、
理不尽なことも起きるけれど、
だけど悪くない。
問題は乗り越えていかれる。
 
そんな生きている姿を見せることぐらいしか
親はできないんじゃないか、とすら思います。
突き詰めると。
 
楽しいことやいいことばかりではないけれど、
だけど、生きるのは悪くない。
だって楽しいことばかり
いいことばかりなんて、あるはずがないし・・・。
 
ずっと夫婦問題で悲しんでいる親を見ていた子は
精神的に病んでしまいました。
 
一方でどうしても妻とはうまくいかない夫。
子どもと充実した楽しむことに専念しました。
決して妻を傷つけるのとは違って、
子どもとの時間を大切に使うことにして、
愛着関係を築いていきました。
子どもさんはすくすくと育っています。
かなり歪んだ夫婦関係ではあるのに。
 
苦しいけれど、その中で何ができるのか
子どものために・・・・。
自分の痛みとか、苦しみではなくて。
それが、突き詰めると
結局自分を救ってくれるような気もします。
 
苦しむ親など誰が見たいでしょうか。
苦しいけれど前を向こうとしている姿は
生きる勇気を与えてくれます。
苦しむこともあるけれど、大丈夫なのだ、
というのを親は究極
子どもに見せることしか
できないのかも、と思います。

【愛着を育てる】

最近の若いお父さんたちを見ていると
なんと自然に育児をしているのだろう・・・と
思うことが多いです。
しかも心底楽しそうに。
 
日曜日に見かけるのは
家族でももちろんいますが、
最近は顕著にお父さんと子どもという組み合わせです。
もうイクメンという言葉もいらないくらい、
ごくごく自然に普通に子どもとふたりだったり
親子を楽しんでいます。
 
赤ちゃんを前につけて後ろに上の子を乗せて
自転車走らせているお父さんのなんと多いことか。
 
若い世代では夫婦が変わっていくんだろうな、と
期待をしてしまいます。
 
共働きでお休みの日は
お父さんが一気に子どもを担当なのかな?
お母さんはしばし育児から解放?
そんな役割分担が上手にできるといいな。
保育園の送りは圧倒的にお父さん多数ですしね。
 
子どもにとってもいいことなんだと思います。
どちらか一方が圧倒的にというのは
ちょっと行き過ぎると危ないですからね。
もちろんひとりでふたり分頑張っている
離婚や別居しているお母さんやお父さんもいます。
それはそれで子どももその姿を見ています。
 
それに今の子どもたちが親になる頃には
男女差なく育児はするようになるのでしょうから。
男とか女とか、あまり関係なくなるんだろうな・・・と
思っています。
 
いっしょにいても愛着が全然育っていない
ということもあって、
それだといっしょにいる意味はほとんどない。
 
むしろ弊害の方が多いくらい。
 
ようは愛着関係がちゃんと少しずつ
積み重ねられて、育っているかどうか、
なんだと思います。
 
面会交流という限られた時間の中でも
愛着関係を積み上げている親はたくさんいます。
むしろ密度を濃く有効に子どもとの関係を
築いているかもしれないです。
 
いればあたりまえで
むしろおざなりになりがちですから。
 
いるだけでいいなんて
幻想みたいなものなんだろうな、
と思います。
 
愛情という密度の問題なんでしょうね。
で、いっしょにいる場合はその密度って
どれだけ子どもの方を向いているかってこと
なんじゃないか、と思います。

【子どものために‥‥‥】

だいぶ夜になると冷えます。
でも暖冬みたいで、芯から冷える
という感じてはないですねぇ。
 
子どもというのは親の行動をよく見ているものです。
親が思う以上に。
ほんとに親の認識とは違うなぁと思います。
夫婦のことに接するようになって
私も知ることになりました。
 
親ってある意味では自分の思いとか
考えで子どもに与えているところがありますが、
じつは子どもが求めているのは
別のものだったりするものなのかな、と思います。
 
あるお子さんは、お母さんといっしょに家を出て
お父さんとは別居したのですが、
そのとたん、とてもいきいきとしたそうです。
 
ややモラハラ気味な上から父親で、
いつもダメ出しをされていたようです。
自分の好きだった趣味も家ではできなかったみたいで。
 
ひとりっ子なので、大切にされてはきたと思うのですが、
それとは別で、居心地が悪かった
ということなんでしょうねぇ。
 
お母さんととても狭い部屋で環境も変わって
どうだろう・・・・と、とても心配していましたが、
結果オーライ。
居心地はよかったようです。
 
いきいき勉強も部活も頑張る。
 
自分の部屋もあって、
環境的には整っていた元々の家よりも
今の家のほうがずっと安心して暮らせているようです。
そして、何よりも楽しいみたい。
 
親は家を子どものために買うし
環境を整えて--と思うものだと思いますが、
やっぱり中身なんでしょうね。
 
居心地の問題。
 
居心地の悪い家は器はあっても意味がない。
中身が空っぽ。
 
親の視点とは違うんだと思います。
子どもというのは。
 
たとえ自分の部屋がなかったとしても
気を許せて好きなように
ありのままの自分でいられるってことが
最も大事なことなんだと思います。
成長中の子どもにとっては。
器なんてどうでもいい。
 
だからよくね、あります。
家を買って夫婦問題が起きるって。
そのために夫婦が必死になってしまうことで、
家という器はあるけれど、
中身が空っぽというか、
殺伐としたものになっていく。
 
結局殺伐としたところで暮らすって
無理なんですよね、人は。
家庭が殺伐としていたら、
どこで休めばいいのだって・・・。
 
で器にこだわっていると
とくにそこに子どものがいた場合は
病んでいってしまいます。
子育てってそういうことではないんだろうな、と
つくづく思います。
 
あるお子さんはお父さんが出て行ってから、
動かないお母さんを見続けて精神的にも
病んでしまいました。
 
守るって何を?
どうやって?
って思います。