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夫婦問題はあってあたりまえ

子どもの問題

【いなくてもいい親】

何かを考えたり思ったりするとき、
必ず人は自分というフィルターを
通してみているのだそうです。
 
だからどうしても自分の思考とか思いに寄っている。
ということなのだとか。
 
確かに。
そう思えたりします。
 
夫婦ってこれが正しいとかってないのです。
 
ふたりがよければそれでよし。
なのですが、怖いのが、それが大きく
誰かの犠牲のもとになっていたり
自分自身が苦しかったりする場合。
 
そんなことはないはずです。
もっと居心地のよい関係なはずです。
だけど一度夫婦になってしまうと
それを維持しようという意識が働くし、
子供のためとか
いろんな理由で「維持した方がよい」と思える。
そういうものなのだろうと思います。
 
あるDV夫と結婚した妻。
とても苦労しています。
ひどい思いもしています。
 
夫は事あることにキレたり
激しい夫婦喧嘩を展開したり、
家の中は戦々恐々です。
だけど幼い子供たちのために
妻は頑張って稼業を手伝い、子育てをしています。
 
ときどき妻のお母さんが手伝いに行きます。
あまりにも娘がかわいそうで。
だけど夫は相変わらず。
 
「子供のために」という魔法のような言葉で
頑張ってしまいます。
 
「子供のために」は
別の意味で使うこともできます。
 
「子供のために」離れた方がいい親もいるので、
だらだらと浮気を重ねているとか、
借金をするとか、
喧嘩が絶えないとか、
薬物に手を染めるとか、
人をだまし続けているとか、
そんな人もいます。
 
いたら害しかない。
だけど親はいた方がいいのではないか、という
自分のフィルターを通してみていると
いつまでも気づけません。
 
あるモラハラ夫の妻。
離婚協議中ですが、
夫婦喧嘩をすることで子供の脳が
委縮してしまうことに気づいたそうです。
ほんとうにひどいことをしていた、と反省します。
 
だけど救われるのはずっと委縮が続くわけではないこと。
喧嘩がなくなれば、
もしくは見ない環境になれば
子供というのは再び成長を始めてくれます。
そこが子供の素晴らしいところ。
成長中ということです。
 
いればいい親なんていなくて、
いなくてもいい親もいて、
見極めていくのも親の役目かな、なんて思います。
気づいてね。
 

【虐待】

毎日のように虐待のニュースが流れて……
なんだかなんとも言葉で表しにくい気持ちになります。
だけど、目は耳はニュースにくぎ付けになります。
なんでこんなことになるのか・・・。
 
虐待もDVも被害者を救済していくことは
大切なことだし、
だけど家族の中で夫婦の中で起きていることとはいえ、
もうその中だけではどうにもできないのではないか
と暗い気持ちになります。
 
それと並行して虐待をしている側
DVをしている側は
すでに道徳とかこれまでの倫理観では
どうにもなりません。
 
もう強制力を持って
逮捕するとか、
取り締まることが必要なのではないでしょうか。
 
むしろ家族とか夫婦に
任せていてはダメなのではないかと思います。
どんどん他人が、力が、入っていく。
 
だって危害を与えている側を
どうにかしないと。
それが原因なのですから。
家族だから夫婦だから親だからって
許されることではないように思います。
 
親は誰でも子供のためを思っているか?
というとそうでもないのだと思います。
 
ひどい父親でもひどい母親でも
いた方がいいといって離婚しない人はたくさんいます。
そして、それが「子供ため」と言います。
 
「しつけのため」と同じです。
 
そして延々と夫婦喧嘩を繰り広げる。
それでも「親」だから許されると思っている。
 
夫婦も同じです。
夫婦だからといって相手のことを思っているか、
というとそうとばかりは言えない。
 
何か自分の持っていき場のないストレスの
はけ口になってしまっているかも。
 
ストレスと上手に付き合っていけない人は
そんな行動になってしまうのかもしれないです。
 
誰でも生きていればストレスはあるものだけど、
それとうまく付き合っていく。
 
上手にそれを自分のエネルギーにしていくこともできれば、
それを誰かに向けてしまうこともある。
 
モラハラ被害者だったかつての妻が言っていました。
千葉の小4の女の子の虐待父。
いかにも虐待しそうな顔だ、と。
見たくもない、と。
 
ある夫はロリコンの変態ですが、
娘の学校選びにさもさも親らしく
制服図鑑的なものを持ってきたそうです。
じつは自分の趣味のために。
知らないのは娘と母親。
後で気づくのですが、夫の趣味!?って。
 
家族も夫婦も
もう自分たちの力では保てないところまで
来ていることも多いです。
自分のストレスですら、どうにもできないのですから。
 
どうにもできない。
どうしていいかわからない。
そんなことになっています。

【子供の本音】

いよいよ、2月も終わり、3月。
あわただしい季節ですね。
いろいろと変化も訪れる季節です。
 
先日、夫婦喧嘩が続いているときに
小学生のお子さんがひっそりと
書いていたノートを発見したお母さんから、
子供の気持ちを見せてもらいました。
 
そこには夫婦喧嘩にうんざりした
子供の気持ちが書きなぐられていました。
 
常々子供は大人が、親が思っている以上に
状況の把握もできているし、
いろんなことがわかっているとは思っていたのですが、
ほんとうにそうなんです。
 
小学生高学年の子供の言葉は
もう夫婦喧嘩にはうんざりだ。
何も知らないと思っているけれど、
もう聞いているのも嫌、とつづられていました。
 
何回喧嘩を聞いてきたことか、
そして、もう聞き飽きた・・・・と。
よく毎日こんなに喧嘩ができるよね。
相談できる相手もいないし・・・と。
もうみんなの前で元気にふりをしているのも疲れてきた。
 
子供の前では機嫌のいいふりをしちゃってさ。
幸せな家族で~? みたいな。
リビングにいても家庭のことで頭がいっぱい。
もー喧嘩とかやめてほしい。
解決とかするの?
 
そんなことがつづられています。
 
ちょうど受験を控えた時期で
受かるか受からないか。
自分でもとても不安な時期だったようです。
そこに夫婦喧嘩。
大変だったねぇと思います。
 
今は大きくなって、
夫婦の喧嘩はなくなり、
すくすく育っていますが、
そのときの辛そうな心情は
読んでいてもハッとします。
 
小学生でも親のことは
もしかしたら親以上にわかっているし、
むしろバトルを続けている親よりも
ずっと冷静で大人の意見。
ほんとに子供ってすごいです。
 
きっともうギリギリで気持ちをつづったんでは
ないでしょうか。
 
親は注意して子供には気づかれないようにと
細心の注意を払っていても
子供にはお見通し。
もっと小さくてもお見通し。
そう思ってください。
 
だって子供って大人より五感が鋭いから。
 
どうしたらいいんでしょうかね。
とたまに途方に暮れます。
やめてよ、というように
何としてもやめる努力が必要なのかな、と
思うんですけれど。
 

【私が我慢すれば地獄】

暖冬というわりには寒いです。
風邪も流行っているようですので、
気をつけないと、ですね。
 
さて、けっこう自分で自分を縛ってしまっていて
息苦しいことはないでしょうか。
生き苦しいかもしれないし。
 
こうであるべき、とか、
こうしなければ、と
自分で自分に呪縛をかけてしまい、
檻の中に自分を閉じ込めている。
 
とくに母親とか父親といった役割があると
なおさらな感じです。
 
「私が我慢すれば・・・」と思って
我慢に我慢を続けている。
檻のカギは開いているのに気が付かない。
 
私が我慢すれば地獄です。
 
けっこう自分がそう思っているだけで
周りはそれほどでもなかったりします。
 
よく子供さんに聞いてみてもらうのですが、
子供は全然望んでいなかったりします。
親の我慢を。
 
だけど自分の頭の中にある親像みたいなものが、
自分を縛りつけます。
 
夫婦がかなり崩壊しているときなども
両親はいた方がいいという
家庭像に縛り付けられ、
むしろ冷え冷えとした空気の中で
子供はうんざりしていたり、
負の遺産を与えていたりするのですが、
「像」とか実態のないあるべき姿にとらわれて
形を保持しようとします。
 
ひどい父親でもいた方がいい、とかね。
ひどい父親はいない方がいいし、
母親も同じです。
いればいいって問題ではなく、
いることによる弊害もあるのです。
 
つらい夫婦関係を保とうとする
私が我慢すれば地獄。
脱してみるとけっこう爽快なものです。
な~んだっていうくらい。
 
カギは開いているのですよ。
いつでも。
入っているのは自分です。
我慢強いので日本人って。
美徳の面もありますが、我慢しすぎて
必要以上に堪えていることもあります。
あんまり我慢していると
自分が崩壊しちゃいますから。
ほどほどに、と思います。
 

【別居している親との交流】

別居や離婚で離れて暮らす親と
子どもが会うことを面会交流といいます。
 
夫婦のことは別なので子どもと別居親は
会った方がいいと、
極力会う機会を設ける親もいます。
 
反対に会わせたくないという親もいますし、
会いたくないという親もいます。
 
特別な事情がない限りは、
会える方が子どもにとっていいと思っています。
基本。
 
夫婦の問題はいろいろあって
うまくはいかないこともありますが、
子どもの親という意味では
別の問題。
そんなふうに考えられると
子どもへのさまざまなダメージを回避できるように思います。
 
たとえ自分の人間関係がうまくいかなかったとしても
子どもは別人格・・・ではないか、と。
 
もちろんDVであるとか、
何かの依存症であるとか、
なかには夫がロリコン趣味なんていうケースも。
そんなときはただ会えばいいなんてものではないし、
ひとつひとつのケースで熟慮と検討が必要だと思います。
 
子どもは突然片方の親がいなくなると
年齢によっていろいろなことを子どもなりに
考えています。
 
それで、必要以上に自分を責めてしまうこともあります。
 
また、本当は会いたくないのに
「親に会いたくない」と言う自分が
子どもとしていいのだろうか、と
躊躇することもあります。
 
すごく子どもってまともです。
 
まともって感覚的に何か大人より
知っている感じ。
そんな気がしてなりません。
たとえばこの人が自分に本当に愛情があかどうか、とか。
小さな赤ちゃんでもわかっている気がしています。
 
だからいても悪影響しか与えない親がいなくなったときは、
むしろ子どもはいきいきしてきます。
 
ほんとに子どもってひとつの指針というか、
意外と親が思う「子供のために」とは
別ものです。
そこは冷静に、と思います。
 
親が思う子どものために、と
子ども本人が思う生きやすさは
ときに違うんだろうと思います。
ちょっとそこはすれ違う・・・ものなのでしょう。
 
でも、その思いは大人になっていくと
わかってくれると思います。
 
面会交流はいろんなケースがあって、
本当に難しいなと思います。