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夫婦問題はあってあたりまえ

My Story

【3.11に、いつも思い出すこと】

3.11から3年が経ちました。
復興の遅れや汚染水の問題など、
まだまだ・・・・・・。
3年という月日がほんとうに流れたのだろうかと思います。

東日本大震災を経験して
何か奥底にある大きな疑問が解けたような思いです。
その疑問というかモヤモヤとしたものは
「変わらないものなど何もない」ということが
確信できたことです。

変わっていくのがあたりまえだとは
言葉のうえではわかっていますが、
実感がこれほどつかみずらいものもありません。
日常の生活のなかでは季節でさえも知らず知らずに
変わるのであって、気がついたら
春になっているような感じです。

それがあの震災では一瞬にして町が
日本が人が変わっていくのを見ました。
見たし、知ったし、現実問題、こんな激変というか
変化などというなまやさしい言葉では言えないような
ことが起こるのだ、ということを嫌でも教えられました。
それから、「こうなる」なんていうことはないのだ、ということが
確かな未来なんていうものはないのだ、ということを
知りました。

それは別に悲観的になるのではなく
想像以上のことはいつでも起こり得るということです。
そういう選択肢が増えたということかもしれません。

夫婦問題に接していると
想像以上のことは起きるし、
こうなるなんていう
確かな未来もないな、
とつくづく感じます。
想像してもそれ以外のことがあるし
予想を立ててもそうはならないかもしれない。
夫婦の問題ですらそうだったんだ、と思います。

だからといって未来がないわけではないんですよ。
被災地を見ても
実害という意味での被害はなかった
遠方の私たちにしても、ちゃんとあの日以来生きていて、
あの震災から何かを学んでいるはずなので。
ただ変わっていかないことはなくて
変わっていくものだということがほんとうに素直に
いろいろな意味で腑に落ちていきます。

あの震災の2日後、
私は幼い孫たちを連れて関西に避難しました。
放射能の問題や物資や水不足があったので、
あまりに幼い孫たちでしたから。
1か月間ほど――。
とてもとても寒い3月でした。
ニュースで流れる東北では雪が降っていました。
あのときのことを思い出すと
避難をしている方や立ち入り禁止区域で
家はあっても帰ることができない方たちのことを
いつも思います。


【さもないことの積み重ね・・・】

カウンセリングでご相談者の話しを聞いていると
みんな頑張っているなぁ、とつくづく思います。
一生懸命生きているなぁと。

夫婦生活というのはさもないことの積み重ねで、
そのさもないことの積み重ねがうまくいかなくなったとき
人はものすごいストレスや孤独や崖っぷちに
立ったような気持ちになります。

さもないことの積み重ねのはずなのに
それがうまくいかないとこんなにも
戸惑う自分に、まずはびっくりなのかもしれませんね。

いつも存在に気がつかない歯。
なのに、痛くなったらいてもたってもいられない。
そんな感じ。
ちょっと似ている気がします。

事情もいろいろで、皆さんそれはそれは
想像を超える事情を抱えている。
人生はふたつとし同じモノはないのだろうなぁ
そんなことも実感します。

ずっとお話を聞いていて
「ああ、そうかもしれない」と
ビッとインスピレーションが来ることがあります。
ピッはまたそれぞれで
一概には言えるものではないのだけれど、
その人だけのピッ。

頑張り続けてくつろぐことの意味がわからないという妻。
最後のひと押しが欲しかったという夫。
自分の気持ちを正直に夫に話すのが恥ずかしいという妻。
子育てが大変で夫がうらめしいという妻。
妻の暴挙にパニック状態の夫。

いろいろありますよね。
さもないことのはずなのに
さもないどころじゃない。
でも、みんなそうです。
大丈夫。

夫婦に問題は起きるのがあたりまえなんじゃなかろうか。
そう思ったのでブログタイトルにつけました。
今なかったとしても明日起きるかもしれない。
誰にとってもそういうもの。

夫婦って盤石なものではなく
薄氷の上を
歩くようなものなのではないか、
そう思うんです。

薄氷の上をどうやって歩いていけばいいのか
たまに通り道を迷うときはあるのがあたりまえ。
だから、みんな頑張って。

【どうしようもない悲しみ】

今日は広島に原爆が落とされた日です。
9日には長崎に――。
未だその被害の全貌すらわからないのが現実です。
原爆死没者名簿の数は毎年更新を続けています。
まだまだ終わったわけではないのです。

子どもの頃、テレビで流される平和祈念式典の様子を
毎年のようにあまり深く考えずに見ていました。
子どもができ、孫ができ、そんなぼんやりとした気持ちには
なれなくなりました。
想像もつかない地獄絵のようなできごとが
68年前には現実に起こっていたということ。
風化してはいけないことだし
二度と起こしてはならないことだと思います。

孫が小学生になったら
ヒロシマとナガサキにいっしょに行くと決めています。
これだけは先に生まれた者がしなければいけない
使命だと思っています。

東日本大震災が起きたときにも感じました。
誰かを突然失ってしまうということについて。
想像もできないほどの悲しみのなかで
人はどうやって立ち直ってもう一度歩みを進められるのだろうと。
人生にはどれだけ深い悲しみがあるのか
それは私の想像を超えるものでした。

それでも人生は続いていく。
それだけは確かなことなのだと知りました。
苦しいことがあっても悲しいことがあっても
再び笑顔を取り戻すことができる。
人間の強さ、たくましさ、それだけではない
悲しみを知ったうえでの笑顔の重さ、みたいなものを
初めて教えてもらったように感じました。

夫婦問題という
目の前にある問題に悩んでいると
今ある幸せには目がいかなくなります。
仕方のないことだと思います。
不幸のどん底気分にもなります。
でも夫婦問題は自分の力でどうにかできるものかもしれない。

一方でほんとうにどうしようもない悲しみもあるのだと思います。
誰のせいでもなくたまたまだったり
避けようもないことだったり
まったくの理不尽だったり
それでも人生は続いていきます。

今生きているということに感謝して
自分と自分の周りにいてくれる人を大切に
そんな思いを今日は少しでいいので
思い出してもらえたらいいな、と思っています。

【心地いいこと】


忙しい日が続いたので、
週末は屋外ヨガのイベントに参加してきました。
目の中に入るのは緑と空と雲だけ――。

高原の風が吹き抜け
鳥が鳴いて
周りはむせるような緑です。
ゆっくり雲が流れていく
最高のロケーションでした。

そんななかで空気をたくさんからだに取り込んで
大地と一体になったような気分を味わいました。
今、ここにあることだけを体感して
サイコーのリフレッシュになりました。

ときどきでいいので、そんな自分なりのリフレッシュは
大事だと思います。

ストレスとか、仕事のこととか、夫婦のこととか、家事のこととか
子どものこととか・・・・・・・
そういうことを全部置き去りです。

どれも継続していることかもしれませんが、小休止。
休みも必要ですし、リセットも必要です。

心地いいことは自分だけのもの。
自分だけが感じられる心地いいことを見つけみてください。
うれしいこととか楽しいことじゃなくて心地いいいこと。

ほんとうに心地いいことを見つけられると
幸せな気分を実感できます。
幸せな気分になると物事や人に対しての視点が
また変わってきます。

感謝の気持ちがわいてきます。
ああ、幸せ! って。
ああ、ありがたい!って。
素直に何事にも感謝できます。

こうして今ここにいることに感謝。

修復とは以前に戻ること?

 
 
 
 
夫婦問題において、修復するというのは必ずしも以前と同じということではないはずです。
 
時間は確実に流れているわけで、それだけでも人は変化しているはずですからね。
 
 
 
私自身、修復とか、復縁といういい方にはとても抵抗がありました。
 
割れた陶器を漆などで接着して修復することを金継ぎと言いますが、
 
そんなふうに器が元に戻るのとはちょっと違います。
 
かといって、別のしっくりする言い方も今のところ見つかりません。
 
 
 
夫婦の修復は、むしろ新しい関係を見つけることではないかと感じます。
 
私自身は離婚して数年間を経て復縁しましたが、
 
その時間というのは必要な時間だったと思うし、
 
その間にも自分は変化し、考え方も変化し、だから修復だったのだと思います。
 
相手が変わったかどうかもあるかもしれませんが、
 
それよりも私の指針となるのは自分でした。
 
 
 
修復はある意味では夫婦として生まれ変わるというのがしっくりきます。
 
または仕切り直し。
 
お互いの嫌な面も見たし、バトルも繰り広げたし、
 
だけどもう一度夫婦という形でやり直してみようというには
 
結婚するときよりも勇気が必要です。
 
裏も表も見た、だけどもう一度、この人と向き合おうということですから。
 
裏と表は、離婚というところまでいったからお互いに見ることができた。
 
結婚したときのようにバラ色でないことはわかっていての選択です。
 
 
 
バラ色でなくてもいいけれど、何か自分たちらしい色にしようという決意。
 
それは夫とというよりも、自分と向き合うこととイコールです。
 
自分はどうなのか? と自問自答です。
 
 
 
向き合うときに以前と同じスタンスで向き合うつもりだったら修復などあり得なかったでしょう。
 
かつてとは違う夫婦の形を見つけるつもりでないと。
 
 
 
そんな気持ちでいたら、まあ、不思議なことに
 
以前気になっていたことはまったく気にならなくなったし
 
「変わらないなあ」と夫に対して思うことがあっても
 
それはそれ、という感じで相手に変化を求めることもなくなりました。
 
そう、相手に求めるものはグッと減った気がします。
 
 
 
修復というのは以前の――、といっても夫婦問題が起きる以前の夫婦に
 
戻るということでは決してありません。
 
夫婦問題が起きたのですから、それをなかったことにすることなどできない。
 
それをお互いがどう乗り越えて、違う関係を作り始めるか、ということではないかと思います。